(1) 薬局の開設等の許可における適正配置規制は、設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではない。
しかしながら、薬局等を自己の職業として選択し、これを開業するにあたっては、経営上の採算のほか、諸般の生活上の条件を考慮し、自己の希望する開業場所を選択するのが通常であり、特定場所における開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうるものであるから、前記のような開業場所の地域的制限は、実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有するものである。
(2) 地域的制限がない場合に、薬局等が偏在し、一部地域で過当な販売競争が行われ、その結果前記のように医薬品の適正供給上種々の弊害を生じるかを検討するのに、
(イ) まず、現行法上国民の保健上有害な医薬品の供給を防止するために、薬事法・薬剤師法により、薬事関係各種業者の業務活動に対する規制が定められ、刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品供給の危険の防止という警察上の目的は十分に達成することができるはずである。
もっとも、違反そのものを根絶することは困難であるから、不良医薬品の供給による国民の保健に対する危険を完全に防止するための万全の措置として、更に進んで違反の原因となる可能性のある事由をできるかぎり除去する予防的措置を講じることは、決して無意義ではなく、その必要性が全くないとはいえない。
しかし、このような予防的措置として職業の自由に対する大きな制約である薬局の開設等の地域的制限が憲法上是認されるためには、このような制限を施さなければ右措置による職業の自由の制約と均衡を失しない程度において国民の保健に対する危険を生じさせるおそれのあることが、合理的に認められることを必要とするというべきである。
(ロ) ところで、薬局の開設等について地域的制限が存在しない場合、薬局等の偏在・一部地域における業者間の過当競争が生じる可能性があり、その結果として一部業者の経営が不安定となるおそれがあることも、容易に想定されるところである。
しかし、このような経営上の不安定が、実際上どの程度、良質な医薬品の供給をさまたげる危険を生じさせるかは、必ずしも明らかにされてはいない。
またどの程度、医薬品の乱売に際して不良医薬品の販売の事実が発生するおそれがあったかは明らかでなく、大都市の一部地域における医薬品の乱売の原因が、主として現金問屋又はスーパーマーケットによる低価格販売にあると認められることや、一般に医薬品の乱売については、製造段階における一部の過剰生産とこれに伴う激烈な販売合戦、流通過程における営業政策上の行態等が有力な要因として競合していることが十分に想定されることを考えると、不良医薬品の販売の現象を直ちに一部薬局等の経営不安定、特にその結果としての医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等に直結させることは、決して合理的な判断とはいえない。
このようにみてくると、競争の激化‐経営の不安定‐法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい。
(ハ) 仮に不良医薬品の供給の危険が発生する可能性を肯定するとしても、例えば、薬局等の偏在によって競争が激化している一部地域に限って重点的に監視を強化することによってその実効性を高める方途もありえないではなく、また、医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等は、不時の立入検査によつて比較的容易に発見することができるような性質のものとみられること、更に医薬品の製造番号の抹消操作等による不正販売も、薬局等の段階で生じたものというよりは、むしろ、それ以前の段階からの加工によるのではないかと疑われること等を考え合わせると、薬局等に対する行政上の監督体制の強化等の手段によって有効に不良医薬品供給の危険発生を防止することが可能といえ、供給業務に対する規制や監督の励行等によって防止しきれないような危険が、相当程度において存すると断じるのは、合理性を欠くというべきである。
(ニ) 薬局等の経営の不安定によって、医薬品の販売の際に必要な注意、指導がおろそかになるという事態がそれ程に発生するとは思われないので、これをもって本件規制措置を正当化する根拠と認めるには足りない。
(ホ) 医薬品の乱売によって一般消費者による不必要な医薬品の使用が助長されるという弊害が生じうることは否定できないが、一般消費者に対する直接販売の段階における競争激化はその従たる原因にすぎないので、特に右競争激化のみに基づく乱用助長の危険は比較的軽少にすぎないと考えるのが、合理的である。
のみならず、右のような弊害に対する対策としては、薬事法六六条による誇大広告の規制のほか、一般消費者に対する啓蒙の強化の方法も存するのであって、薬局等の設置場所の地域的制限によって対処することには、その合理性を認めがたいのである。
(ヘ) 以上から、薬局等の偏在‐競争激化‐一部薬局等の経営の不安定‐不良医薬品の供給の危険又は医薬品乱用の助長の弊害という事由は、薬局等の設置場所の地域的制限の必要性と合理性を肯定することはできない。
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(3) 医薬品供給の適正化のためには薬局等の適正分布が必要であるところ、設置場所の制限は、薬局分布の適正化にとっての実効性に乏しく、また、無薬局地域又は過少薬局地域における医薬品供給の確保のためには他にもその方策があると考えられるから、無薬局地域等の解消を促進する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するものといえ、とうていその合理性を認めることができない。
本件適正配置規制は、医薬品供給の適正化と国民の保健上の危険防止の、二つの目的のための手段としての措置であることを考慮に入れるとしても、全体としてその必要性と合理性を肯定しうるにはなお遠いものであり、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものといわなければならない。
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